この作品は、私が、第94回オール讀物新人賞に応募した作品です。
自分では、初の歴史小説になり、菅原道真の周辺の資料を読みあさって書いたものです。
着想は、「飛梅」が太宰府に飛んでいく悲恋を書きたいというものでしたが、書いてみたら全然そんなテーマでは書けませんでした。宣風坊の梅が道真を飛んでいくほど慕っていたという事実が何もないから、どうしても梅を飛ばすトリックが必要でした。そこで、無理矢理考えたので少々SFチックになってしまって、かなり非現実的な小説となりました。リアリズムに欠けると言おうか。
しかし、道真が太宰府に左遷されたときに、流謫先に幼子二人を連れていったということは史実で、専門書には流謫先で貧困のあまり餓死したのではないかと書いてありました。
流謫先での太宰権師がどれだけの閑職だったのか、道真はその侘しい生活をどんな気持ちで送ったのか、「菅家後集」にある漢詩を読むだけでは、なかなか図り知れぬものがあります。
私に、想像できるだけの悲惨さを描いて、「飛梅」は出来ましたが、自分ではなかなか気に入っている作品です。ただ、道真の藤原時平や醍醐天皇を呪わんばかりの怨念を書かなかったので、ラストはあっさりしています。これは、道真の生前の儒学者としての実績を考えると、どうしても醍醐天皇まで呪うことはすまいと、私は信じるからです。怨念として道真の霊魂が残ったのではなく、時平一族自体が無意識的罪悪感に駆られて、破滅していったのではないかと言う気がします。
だから、道真自体を悪いようには書きませんでした。ただ、すこし父親としては情けなかったかも知れません。
そんな「飛梅」ですが、僕の創作の中では、一人でも多くの人の眼に、触れて貰いたい作品の一つです。(大坪命樹)