禅僧小話集B6判148ページ

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「禅僧小話集」は、禅問答を小説化した説話の収められた短編集です。

しかし、従来の仏教説話とは異なり、大坪ならではの仏教解釈が色濃く反映されており、また、有名な禅問答が引用されているので、詳しい方は、その取り入れ方の斬新さに驚くことでしょう。ともすれば、不敬虔とも取れる珍妙な禅問答解釈でありながら、小説の背後に流れる哲学は、諸悪莫作であり悉有仏性であり、王道的仏教哲学に他なりません。

しかし、多くの伝承には、このような荒唐無稽とも取れる譚は記されておらず、そのあたりはあくまでも大坪の創作であると言えます。史実に近い歴史小説ではありえません。それは、狸が話をすることや梨花に袁のこころの声が聞こえることなど、現代では精神障害者の妄想と見做されるようなことがらを以て、小説を進めていく大坪の技巧によっても明らかなことです。

とはいえ、この小説集がまったくリアリティがないわけではなく、過去の話として本当にあったのではないかと思わせるだけの人間哲学があります。解説の黒瀬珂瀾氏の指摘するように、現代の民衆にも当て嵌まるような心理描写がなされており、過去にあったかもしれない話を通して、多くの現代人のこころに、したたかに真実を訴えかけてきます。

また、日本文学の歴史の中でも、禅問答を小説化した例はあまり見受けられません。ここまで、禅問答の台詞をそのまま生かした文学は、全世界でも珍しく、あたらしい文学の風を巻き起こしている大坪の行った新奇開拓の一つであります。

大坪が開発した禅問答小説を、ぜひ味わってみて下さい。(大坪命樹)