これは、私のライフワーク、アマプレベスシリーズの、第三作目です。
どこの部分を切り取って描こうか、と悩んだ時に、どうしても、あの第二部の後には、モーツァルトの晩年を書きたい。そう考えました。ここにあるのは、一七九一年一二月五日に亡くなってしまうモーツァルトの、最後の一年間です。
この作品は、あるいは、神を冒涜しているかもしれません。しかし、私にはどうしても、誰もが救われるように、すべてが許されるように、という願い(祈り)がありました。神仏はそれを許されるでしょう。許さないのはいつも、人格神か、あるいは狂信者と呼ばれる人々なのです。もっと大いなるものがあるだろうと、私などでは関わりの持てない位階の高い高級霊の存在があるだろうと、神とは裁くだけのものではない……と言いたくて、この作品を仕上げたような気がします。それは1992年から書き始めたこのお話を、2015年に仕上げた時も、同じ気持ちだったように思います。命を賭けて、と言っても大袈裟ではないほどに、一所懸命書きました。
内容としては、まず最初に、私にはある疑問があり、なぜ、天才ピアニストのグレン・グールドが、あれほどモーツァルトを嫌っていたのか。私はこの疑問の糸をたぐり寄せるようにして、この物語を紡いでいきました。グールドが決して口にしなかったことを描いたつもりです。それがなんであるかは、読者の方々に答えを委ねますが、ここには、決して口にできないことが書かれている可能性があります。
いろいろと分かりにくいかもしれませんが、もしよろしければ、ちょっとだけでも覗いてみてください。(藍崎万里子)
