記憶から思考への道A5判698ページ

思考は基本的には記憶を素材として、基礎として成り立っているとしていいであろう。しかし、デカルト以来、近代哲学は絶対的真理を求めるとして、記憶を排除してきたのである。記憶はあいまいで、忘却により無化し、絶対的真理を求めるうえで不必要、入ってはいけないものとされてきたのである。カントの先手的、先験的という概念も、経験からの記憶を取り除いたものとして存在しているのだ。

しかし、デカルトの絶対的真理の出発点とされる「我思う故に我あり」も「我思う」を記憶していて、はじめて成立しているはずである。日常生活においては、読者も、一字一句を記憶しながら進んでいるはずである。(著者より)


このような難解な哲学書を多く書き上げている深井さんの素顔は、東京大学出身の教養は感じさせるものがありますが、決してインテリのような知識偏重的なところがなく、多くの苦労と経験に裏打ちされたやさしいまなざしの感じられる、家族思いのお爺さんです。なにも知らない人が聞いたら、彼がこのような分厚い哲学書を著したこと自体、信じられないかもしれません。しかし、東京大学文学部哲学科の学識と波瀾万丈の苦節の経験が華開いた、集大成的著書の一つに数えられることでしょう。(大坪命樹)