空華一九号(同人誌)A5判350ページ

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空華第一九号です。今号は、第六回を迎えた空華文学賞をトップに、六人に増えた同人メンバーの作品を掲載しました。また、前号から始まった空華文学賞を著名人に評してもらうコーナ「よんでみられ」は、今回は小説家の中沢けいさんに、記事を寄せて戴くことができました。中沢様、ありがとう御座います。

第六回空華文学賞は、徳島在住の柴原逸さんの「千代の竹」が受賞しました。その選考経過と受賞作を巻頭に載せました。スポットの当たらなかった文学的天才・慶徳麗子の激動の生涯を描いた力作です。ぜひ、お楽しみ下さい。

同人作品は、短歌からです。いつものように大坪命樹と藍崎万里子の連作短歌を掲載しました。日常生活のちょっとした思い出を、二人はそれぞれの視点から詠んでおります。二人とも、短歌は専門ではないために、あまり上手い歌とは言えませんが、二人の文学の入口として、ぜひ味わってみて下さい。

小説は、まずは藍崎万里子の「蒼い道標」です。これは、統合失調症の親を持った男の一代記です。山あり谷ありの人生が描かれており、人から見ると滑稽な運命ですが、それを生き抜く主人公にしたら、かなりのハードシップだったのではないかとも思われます。読者は、どこまで主人公に感情移入できるでしょうか。

二番目は、冬月の「ソーニャの愛」。冬月は、毎回異なった天才数学者を描いてくれますが、今回はソーニャ・コワレフスカヤの人生が描かれております。文学と数学両方で偉業を為した彼女の秘密は何であったのか? 彼女は何を求めて、数学を探究したのか? 冬月の筆が走ります。

三番目は、大坪命樹の「螺旋の拈り」です。自身、アブストラクト小説と名付けたこの部類の小説ですが、なるほど、視覚的イメージとしては、何やら動く抽象絵画を見ているような不思議な雰囲気を味わえます。現代の文学界には類を見ない風変わりな小説です。みなさんは、どこまで読むことができるでしょうか?

四番目は、今回から加入した内角秀人の「エール」です。内角秀人得意の野球小説です。若いとき野球をやって活躍していた主人公ですが、怪我をして選手生命を絶たれます。一時は落ちぶれてしまいますが、応援団の高田さんに拾われて、野球の応援を始めます。エンディングは心温まるストーリーです。

五番目は、沢ふみ子の「父を恋うる人」です。主人公は、母親が嫌いで父が好きだったが、その父親も同じく父を尊敬していた。三代に亘る親子の血を描いた作品です。女性ゆえに主人公は母を嫌ったのか? あるいは、父親の方が母親より偉大なのか? 主人公が沢と重なる小説です。

最後は、深井了の「外は雪が降り積もって……」です。雪の降る地方の厳格な父親のいる一家の描写から始まる小説は、暗喩と象徴に満ちており、不可思議な小説世界を形成しております。深井は、若いときに書いたその心情を大切にし、ほぼ校正無しでこの稿を出しました。乱れる言葉が臨場感を呼びます。

シリーズ「よんでみられ」は、第五回空華文学賞受賞作の倉多俊作著「六階建のR」の評を、小説家の中沢けいさんに書いて戴きました。

最後は、お馴染みのそらばなし書評です。大坪命樹、冬月、藍崎万里子が、プロの小説を評しました。

このような仕上りになりました。