「蚊柱」いっき著
第八回空華文学賞は、令和6年の秋に募集を開始し、12月31日に締切られました。総数にして、14篇の御応募が御座いました。平均枚数は、106.64 枚でした。応募作品は以下の通りです。一次選考通過作品には○を、二次選考通過作品には◎を、受賞作品には★を、それぞれ付してあります。
街 | 竹中潮 | 78枚 | |
ジャンク品 | 金梅あのん | 150枚 | |
エルと蜜月 | 森羅ノ理 | 141枚 | ○ |
だから……何でまた異世界転生するんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお! | 灰色坊や | 91枚 | |
ソリッド・アコースティック | 秋吉真之介 | 149枚 | |
寺は燃えているか | 里見詩情 | 67枚 | |
蚊柱 | いっき | 91枚 | ★ |
獄門病棟 | 根本外三郎 | 100枚 | ○ |
能登 | 藤川六十一 | 150枚 | ◎ |
ワガママ | 美佐直秀樹 | 149枚 | |
清らかな流れのあとに | 雫石つみき | 120枚 | |
観光案内人 島内隆 | 後藤田郁子 | 105枚 | |
反省記 | 吉田英也 | 51枚 | |
籤引王妃 | 豊田旅雉 | 51枚 | |
今回も、下読みは同人の内角秀人と大坪命樹の二人にて、行いました。今回は、あまり大坪好みの作品が乏しく、また、文法的に問題のある作品も多く見られました。あからさまに言うと、もう少し詳密に推敲を重ねてから、応募して戴きたかったというのが本音です。
一次選考は、大坪と内角がそれぞれ、自分の担当の小説について5点満点評価をして、4点以上の4作品を二次選考に廻しました。二次選考は、それら4作品について、内角と大坪のほかに選考係に藍崎万里子を加えて、例のごとく、メッセージ性、技巧性、芸術性、フェイヴァリット性、人道性に分けて、それぞれ10点満点合計50点満点の評点をしました。結果、「能登」と「蚊柱」が残り、1月31日に、選考係三人による最終選考会を開きました。
選考会では、今まで前例のないことですが、受賞作品をなしにするか否かも検討され、熟議した結果、「蚊柱」10点、「能登」5点で受賞作ありとなり、「蚊柱」いっき著の受賞が決定しました。
選考会の模様や、候補作品の感想は、空華第二一号に詳しく掲載する予定です。
いっき様は、何回も当賞にチャレンジして戴いていたので、その努力に酬いることができて、当同人としても喜ばしい気がします。いっき様、おめでとう御座います!
全体的に、うまく出来ている小説だとは思いました。しかし、疑問点が二三あって、進学校なのに授業が半日で終ることとか、剣道部が男女一緒に練習していることとか、そのほか、細かい突っ込みどころがいくつかありました。
しかし、相川光雄の初恋ものがたりとしては、とてもよく描き出せていると感心しました。選考係も、モテない暗い系の中学生だったので、みずからの過去に重ね合わさずにはいられませんでした。とてもリアリティーがあって、しかも、手淫や夢精など、汚らしいところを包み隠さず描いているところも、なかなか巧みだと感じました。
中学時代というのは、どちらかといえば女子の方が心身とも成長しているので、男子が女子に憧れることもよくあることだし、そのような気持ちから初恋に進展するのは、ありがちなことです。川瀬奈津に化学部の部員の虐めから救われ、試合での格好の良い姿を見せられる、そのような初恋に落ちなければおかしいくらいのエピソードが、うまく埋め込まれています。
光雄が奈津に顔を合わせられずに早く帰宅するところとか、それでも勇気を持って話し掛ける部分とか、うぶで純真な男子中学生の心象がとても美しく描かれていました。この部分が、この小説の白眉だと思います。甘酸っぱくなるまえのまだまだ熟していない恋の果実としての、初めての異性を知るまでのあおあおしい感じの心象風景を、とてもいきいきと鮮やかに、描き出すことに成功しているように思われました。
最後の辺り、ユスリカを殺す場面で、気持ちよく感じる光雄でしたが、このあたりがすこし不穏な気がしました。人間の蚊柱も潰せたらいいのに、という想いを抱き、剣道部で身体を鍛えているとなれば、穏やかではありません。下手をすると犯罪者に育ちます。そのような不気味さは、この小説では減点対象かと思えました。
しかし、そのようなユスリカについて、人気者に日和見的に群がる大衆を重ねているようなテーマも感じられます。それはつまり、権力者や有名人などに取り入って、人間関係を巧みに渡って、みずからの社会的地位を引き上げようとする人達のことを、揶揄しているようにも思われます。だから、主人公の光雄は、必要以上に人間関係が苦手なのだし、憧れの奈津も、人集りから離れた存在なのでしょう。光雄のような日陰者の立場で描くことにより、社会的マイノリティの肩をもっているということになるのかもしれません。
文体に関しては、読みやすくこなれた感じがありますが、少し乱れの感じられる部分もありました。しかし、相対的に見て、なかなか纏まった小説だと感じられました。